「Ground Zero


9月29日、テロ事件から数えて18日が過ぎた。ミッドタウンは何事もなかったかのように、ビジネスマンが忙しく行き交う。ビレッジのお洒落なレストランではカップル達がワイングラスを傾けている。何が起きたのか忘れてしまったのか。それとも忘れたいのか。ジュリアーニ市長がいつもの生活にもどるようにとTVからニューヨーカーに呼びかけていた成果なのだろうか。

 


事件以来あまり近寄りたくなかったワールド・トレード・センター近辺に突然行ってみたい衝動に駆られた。あまりにもいつも通りの生活に、事件があったことの現実味が少しずつ薄れてきてしまっていたからなのかもしれない。立ち入り禁止区域(フローズン・ゾーン)は日を追うごとに狭められ、かなり現場近くまで近づくことができるようになっていた。


シティ・ホールからブロード・ウェーを下ると教会の横にある隙間からワールド・トレード・センターの残骸が目に入ってきた。 なんだか異臭が鼻をつく。急にTVで見た光景が映画の世界でなく、現実のものであったことをひしひしと感じはじめた。後ろに見えるワールド・ファイナンシャル・センターの窓は、何箇所も割れたままだ。ものものしい軍隊の人々が迷彩服に身を包み、バリケードを作っていて、そこから先へは入れない。

 


ニューヨークの新たな観光地と化してしまったこの辺り一帯には、観光客がカメラを構えながらストリートを埋め尽くしていた。軍の人が叫んでいる、「ここは観光地ではない、大勢の人々が亡くなった墓場なのだ。場所をわきまえろ。ものめずらしげに写真をとるな」。その言葉を聞くなり、観光客といっしょに写真を取っている自分が恥ずかしくなり、思わずカメラを隠した。確かにそこには6000人もの人々が今もなお瓦礫の下に埋まっているのだ。


レクター・ストリートから見るツインタワーの残骸は無残だった。展望台に上がるために並んだチケット売り場から見た、ツインタワー入り口付近の外壁が、まだ倒れずに残っているのが見える。 ワールド・トレード・センター4の残骸は、まるでTVで見たオクラホマの連邦ビル爆破後のようだった。

塵の積もった商店

ニューヨーク証券取引所に架る星条旗


塵、灰を被った商店街の風景は、人気がなく、命の消えうせた死んだ街のようだ。まるでフロリダにあるユニバーサル・スタジオの映画用セットのようだった。かつてジーンズを買いに行ったことがある服屋さんは、整然と並んだ洋服、棚の上にはうず高く塵が積もり、あの日以来そこだけ時間が止まっているのを感じた。

17日から再開したニューヨーク証券取引所の表には今だかつて見たことないほど大きな星条旗が、テロに屈しないアメリカ自由経済の象徴として吊るされていた。再開してからのニューヨーク証券取引所では、取引開始の鐘を毎日消防士、警察官、ボランティアの人々が日替わりで叩いているのをTVで放映している。事件前までアメリカ自由経済の象徴として聳え立っていた、ツインタワーの後を継ぐように。

ツインタワーのあった風景

ツインタワーの消えた風景

マンハッタンとスタッテン島を結ぶサウス・フェリーに久しぶりに乗ってみる。このフェリーから見るマンハッタンの風景は、大好きな、いつもの景色ではもうなくなってしまっていた。ツインタワーのなくなった現実を知りつつも、この光景を目にするまでは、なんとなく信じられず、ひょっとして、フェリーから見たこの景色には、まだツインタワーが存在しているんじゃないかという意味のない期待はもろくも崩れ去った。そこには初めて見る、ツインタワーのない、何かもの足りないマンハッタンの姿しか映っていなかった。



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