「監獄の島: アルカトラズ島」

フェリーから見たアルカトラズ島

サリーポート&ミリタリー・チャペル跡


アルカトラズ島」は、19世紀の後半まで軍隊の基地であったが、禁酒時代の1934年から1963年の29年間、連邦刑務所として使用されており、アメリカのシカゴを本拠地として全米を震撼させていたマフィアのボス、アル・カポネを含むアメリカ史上をにぎわした犯罪者達がここに収容されていた。また、クリント・イーストウッドの「アルカトラズからの脱出」(1979年/米)やショーン・コネリーとニコラス・ケイジ主演の映画「ザ・ロック」(1996年/米)などを始め、数々の映画の舞台になっている。

現在のアルカトラズ島はこれまでの歴史を物語る博物館になっており、 フィッシャーマンズ・ワーフ近くにある「ピア41」から出る「Blue&Gold Fleetのフェリー」で行くことが出来る。

映画「ザ・ロック」の舞台

破壊作業の中止により残された建物

アルカトラズの歴史
1775年、スペイン人探検家のホアン・マニュエル・デ・アヤラ(Juan Manuel de Ayala) が島を発見し、「La Isla de los Alcatraces」(ペリカンの島)と名づけた。1850年、陸軍委員会がアルカトラズ島を第3砦の用地として選び、1853年にアメリカ陸軍により砦の建設が始まった。1861年、南北戦争中に初めて戦争犯罪人がアルカトラズ島に送還され、米西戦争1898年には、囚人数が26人から450人以上と激増した。また、1906年のサンフランシスコ大地震により、市の刑務所が破壊され、そこからの囚人がアルカトラズ島に送られた。その後、巨大なコンクリートの刑務所を建て、1915年にアルカトラズの名を「合衆国太平洋地区懲戒用兵舎」と変更。第一次世界大戦の反戦主義者がアルカトラズ刑務所に投獄され、1930年の大恐慌時代、司法省がこの島を最高警備施設にすることを提案。1934年に軍から司法省の管理に移り、連邦刑務所となった。

セルと呼ばれる独房での生活

脱走者の説明



1934年7月、32名の戦争犯罪人は判決に服すため島を去り、代わりにワシントン刑務所から11名、アトランタ刑務所から53名、カンザス刑務所から102名の更正不可能な囚人が送り込まれた。その中でも有名な囚人は、アル・カポネ、ドック・バーカー、ジョージ・マシンガン・ケリー、”Birdman of Alcatraz”のロバート・ストラウド、フロイド・ハミルトン、アルビン・カーピスなどが挙げられる。

アルカトラズの歴史上34名の囚人が14回の脱走を企てた。そのうち、23名は捕まり、6名は脱走中殺され、2名は溺死と云われている。

刑務所生活の説明

ダミーヘッドを使い脱走



14の脱走暦の中でもっとも有名なのが、映画「アルカトラズからの脱出」のモデルになったフランク・モリスと、ジョン・アングリンとクラーレンス・アングリンの兄弟。1962年6月11日、この3名の囚人は、ダミーヘッド(石鹸とトイレットペーパで頭の土台を作り、顔面部分を絵の具でペイントし、理髪所から盗んだ髪の毛を付けた)を使いあたかも睡眠をとっているかの様に見せかけ脱走開始。長期間かけて作った脱走路から刑務所外に出た。予め用意していたレインコートを浮き具として使い、サンフランシスコ方面へ向かったと云われている。この脱獄劇は、緻密な脱走計画の元に実行されたため、翌朝まで看守の誰一人として気付く者はいなかった。3人の遺体はとうとう発見されず、溺死というのが通説になっているが、本当の話は誰も知らない。

セルハウス

面会所

1963年、維持費と運営費の膨張により、司法長官ロバート・F・ケネディーはアルカトラズを閉鎖した。その後、アルカトラズは政府の余剰所有地として管理されたが、この間、今後の使い道について様々な提案が出された。1971年6月、連邦当局が島上の建物をブルドーザーなどで破壊作業を始めるが、1972年に国会がゴールデンゲート国立レクリエーション地区を創設し、アルカトラズをその一部に指定した事から、破壊作業は中止され、島は国立公園事務局の管理下に置かれることになり、現在に到る。

セルハウスツアー出口

アルカトラズ島から見たサンフランシスコ


アルカトラズ島見学
まず、見学前に映画「アルカトラズからの脱出」と「ザ・ロック」を観ておくことをお勧めする。また、その場でのチケット入手が困難の為、前もってチケットを購入するか、少なくとも予約を入れると良いだろう。

牢屋の中の見学は、日本語対応のオーディオ解説を聞きながらの自主ツアーがお勧め。その解説は、当時の刑務所生活の様子が再現され、つかの間の囚人気分を満喫できる。

アルカトラズ島からサンフランシスコを眺めるとそんなに距離があるとは思えない。泳いでの脱走も可能な気がした。しかし、実際この島に訪れてわかったが、(写真では表現できないが)夏だというのに風が冷たく、非常に寒い。島を取り巻く速い潮流と低水温の為、島からは泳いで脱走できない「脱獄不可能の島」と呼ばれていたのが納得できる。

脱走者、フランク・モリスらは、今何処で何をしているのだろうか、永遠の謎である。

アルカトラズ島に住むかもめの雛


チケット情報

Blue & Gold Fleet
(415)705-5555
www.blueandgoldfleet.com



 

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